3つの麻雀小説傑作選
「人生リーチ、時々ツモ 麻雀小説傑作選」が出版された。実は「麻雀小説傑作選」を冠した短編集が出るのは20年ぶり3回目だ。
麻雀小説傑作選(昭和56・1981)廣済堂出版牌がささやく 麻雀小説傑作選(平成14・2002)徳間書店人生リーチ、時々ツモ 麻雀小説傑作選(令和7・2026)徳間書店
以下、「昭和傑作選」「平成傑作選」「令和傑作選」と呼ばせてもらうことにしよう(「傑作選發」・「白」・「中」でもいい)。令和傑作選には編者解説がなかったので、僭越ながら収録作について紹介しておこう。
「カモ」大沢在昌短編集のトップバッターは、書籍情報にも掲載される短編集の顔だ。昭和と平成の傑作選では雀聖・阿佐田哲也が務めたが、今作では阿佐田哲也作品の収録はなく、大沢在昌が務めた。実はこの作品は平成傑作選にも収録されている。底本に初出の「賭博師たち」ではなく平成傑作選の方を記載しているので意図的なものだろう。出世頭だ。物書きである「私」に突然訪れた連絡は、大学時代からの悪友・倉田からだった。私は倉田との二十年を振り返る。初めての高レート雀荘、高級クラブ、結婚と離婚。学生時代の私のことを「いいカモだった」と笑う倉田だったが、私が小説家として大成することはなぜか信じてくれていた。半年ぶりに会った倉田が語る、倉田の受けたギャンブルとは。
「清められた卓」宮内悠介元々は囲碁、将棋、チェス、といったボードゲームがテーマのSF短編集「盤上の夜」の中の一作。麻雀小説としては珍しく、競技麻雀が舞台となっている。新日本プロ麻雀連盟のタイトル「白鳳位」の決勝戦は公の記録にも残らない異常な対局だった。決勝戦に残ったのは、健忘症を患ったプロ・新山、サヴァン症候群の少年・当山、「都市のシャーマン」の異名を持つ新興宗教の教祖・優澄、かつての婚約者だった優澄を追いかけ決勝戦まで勝ち抜いた精神科医・赤田。優澄は、まるで牌が透けて見えるかのような打ち回しで3人を圧倒していく。一体どの様にして? 優澄の目的とは。実在の麻雀団体をもじったタイトル戦や安藤満の名前が登場し、現実と地続きの世界を舞台に描かれているようだ。
「麻雀殺人事件」竹本健治もともとの著作としてゲーム三部作「囲碁殺人事件」「将棋殺人事件」「トランプ殺人事件」が存在し、トランプ殺人事件文庫化の際に書き下ろされた短編。語り手の智久がゲーム三部作の登場人物であるため、この短編だけ抜き出されるとよくわからない部分があるが、一応物語の本筋には影響しない。道すがら雀蜂と出会った智久は、彼が見たという夢の話を聞く。ライオン、ユニコーン、三月兎、帽子屋と共に小さな部屋で麻雀を打っていたのだが、席を外して戻ってきたら部屋の中の全員が鎌鼬にあったかのように切り刻まれていたのだという。夢の中の密室殺人事件を解決をしてやる智久。それ自体はバカミスと呼ぶにも疑問が残るようなオチなのだが、本当の謎はその後だ。麻雀の席は何故「東南西北」の順で振られているのか。麻雀を覚えてから誰もが疑問に思ったであろう不思議に挑む短編。
「われらの地図」筒井康隆小松左京、星新一といった当時のSF作家達が麻雀を打ちながら取り留めもない話をする小話。全編対話体で構成されている。浮いたり沈んだり、といった麻雀用語が、夢の中のような掴みどころのない空気を醸し出すのに一役買っている。ちなみに登場する作家は小松左京・星新一・半村良・豊田有恒・眉村卓・筒井康隆の6人なのだが、ほとんどの作家に麻雀短編小説の執筆作品が存在する。当時はSF作家が麻雀小説を書くブームがあったらしい(参考)。
「接待麻雀士」新川帆立賭け麻雀が合法化された「例和」。人間関係に疲れた搭子(とうこ)はプロ雀士の道を諦め、イカサマを駆使し賭け麻雀を通して合法的に賄賂を渡す「接待麻雀士」の職に就いた。しかし今回の仕事は、元後輩の女流プロが同卓していたり、接待先はちっとも和了らないしでどうにもきな臭い。搭子はこの仕事を無事終えることができるのか。元最高位戦のプロ雀士の作者が描く、架空の法律が立法された近未来日本を描く短編集の中の一作。その癖、行われることは前時代的な女性同士の足の引っ張り合いである。悲しいもんだ。
「雨あがりの七対子」黒川博行平成傑作選にも「東風吹かば」が収録されている「麻雀放蕩記」から別の短編が収録された。作家の黒田と編集者の山元は、取材のためにカジノを訪れる。そこで出会った二人組は通しを使うイカサマ師だった。追い込まれる黒田に訪れた思わぬ助け舟とは。
収録作の雰囲気を掴んでもらうため、情報を簡単にまとめておこう。底本ではなく初出を記載している。
短編名著者初出シーンページ数カモ大沢在昌 (1956-)賭博師たち (1995)鉄火場36清められた卓宮内悠介 (1979-)Webミステリーズ! (2011)競技80麻雀殺人事件竹本健治 (1954-)トランプ殺人事件 (2017)セット26われらの地図筒井康隆 (1934-)野生時代 (1978)セット22接待麻雀士新川帆立 (1991-)小説すばる (2021)セット62雨あがりの七対子黒川博行 (1991-)小説すばる (1993)鉄火場54
令和傑作選は傑作選ではない
突然挑発的なタイトルを書いて申し訳ない。「売れる作家の全技術」は私のバイブル。話は簡単だ。令和傑作選の各収録作が「傑作」かどうかはともかくとして、間違いなく「選」ではないのだ。平成傑作選が出版されて20年の年月が流れたが、選出ができるほどの量の短編など書かれていないのだった(参考:麻雀小説収集)。6つの作品の内、半分は平成傑作選よりも前に出版された作品だし、そもそも「カモ」と「雨あがりの七対子」に至っては、前述のように平成傑作選と重複がある。
収録作を見渡しても、麻雀が行われるシーンは夢の中であったり架空の未来であったり、かなり異色の出来である。そういう作品が一編二編入っていることは、舞台装置としての雀卓の懐の深さを表しているのかもしれないが、現代の一般的な雀荘を舞台にした小説が一編も入っていないのは傑作選として問題ではなかろうか。私がこのように憂慮するのも、短編集の内容とこの本を手に取る層とのギャップを感じているからだ。文庫の裏の宣伝文句にはこのようにある。
近年、老若男女を問わず幅広い世代に娯楽として楽しまれるようになった麻雀。さらにプロリーグ〈Mリーグ〉誕生で「観る麻雀」という楽しさも生まれた。
学生時代麻雀に明け暮れた作家、謎めいた打ち筋で驚異的な強さを誇る女性教祖、卓を囲むSF作家たち、合法化された賭け麻雀で接待する打ち手……
一打に託された人生の縮図を人気作家が描く傑作選。「読む麻雀」をご堪能ください。
Mリーグで麻雀を始めた層はこの傑作選を読んでどんな感想を抱くのだろうか。Mリーグのエの字もない。バチバチに金賭けてるし。イカサマするし。
さらには帯の執筆はNEWSの加藤シゲアキ氏だ。多くのファンが加藤氏の告知ポストに「読んでみます♫」と健気なコメントを送っているが、現代の麻雀を誤解されはしまいか。心配だ……。
ぼくのかんがえたさいきょうの麻雀小説傑作選
元々本の虫気味である私は、コロナ禍で麻雀に出会って以来、麻雀小説を集めることをちょっとした研究テーマにしてきた。そんな私に突然飛び込んできたニュース。それが令和傑作選の出版であった。2冊の「麻雀小説傑作選」は既にコレクション済みであったが、まさか3冊目の出版をこの目で見ることができるとはね。しかし、残念ながら令和傑作選は現代の麻雀シーンにそぐう選出とはなっていなかった。わかったわかった。ここ数年で誰よりも麻雀小説のことを考えてきた私が、次の麻雀小説傑作選を編んであげよう。
「(書き下ろし短編)」伊坂幸太郎 (2026)いきなり妄想で申し訳ない。阿佐田哲也・大沢在昌と肩を並べてトップバッターを務めてくれる麻雀小説作家の選択肢が他にないので許してほしい。おそらく2000年代で一番ポピュラーな長編麻雀小説「砂漠」の作者、伊坂幸太郎にお出まし願おう。勿論ベストセラー作家の看板だけが目当てではない。「砂漠」の舞台は学生麻雀なのだ。いまだに麻雀を覚えたきっかけを尋ねると、学生時代に覚えたという世代は多い。かつては麻雀といえば大学生、だったのだろう。娯楽の多様化に伴いその傾向は弱まっている……と思いきや、「清められた卓」にも小学生が登場したように、麻雀プレイヤーの若年化自体は進んでいる様に見える。改めて学生麻雀をテーマに一作をお願いしたい。
「たのしい学習麻雀」榊林銘 (2017)もう一つ麻雀を覚えたきっかけを尋ねた時に返ってくる答えとして多いのが、コロナ禍にネット麻雀やMリーグをきっかけに始めたというものだ。そのような読者達は、まだ麻雀を始めた頃の感性を覚えているだろう。「ワンチャン」が麻雀用語だと知って驚いたり、「麻雀殺人事件」のごとく呪文のように「トンナンシャーペー」と繰り返してみたり。そんな読者にこの一作。弟が不良相手に拵えてしまった借金を帳消しにするため、坂東は不良達との麻雀勝負に挑むことになる。ところが勝負に向かう道すがら、襲撃を受けた坂東は頭に傷を負い、麻雀のルールをすっかり忘れてしまう。二百万の借金が懸かった半荘三回戦の中で、坂東は麻雀のルールを推理できるのか……といった作品だ。麻雀に覚えのある読者ならば思わずにやけてしまう仕掛けが随所に見られる。特に出だしの配牌には注目してほしい。地の文では回収されない、読者にだけ向かった愛情込もった伏線が仕込まれている。果たしてこれは「推理」なのか? という疑問はあるだろうが、掲載誌はミステリ専門誌「ミステリーズ!」、作者もミステリの新人賞に入選している立派なミステリ作品である。何より、読めばこれが推理に推理を重ねる、所謂多重解決ものに近いミステリそのものだとわかる。単行本未収録作品のようなので、傑作選に入れるにはちょうどいいだろう。
「一生に一度の月」小松左京 (1969)セット、鉄火場、競技。そういったシーンを超えて麻雀というゲームの魅力をもっとも純粋に表現している小説として、是非とも収録したいこの一編。アポロ11号の月面着陸が中継される傍ら、その偉業を見届けるために集まったにも関わらず麻雀牌を広げ始めてしまうSF作家達。そして着陸の瞬間を他所に、海の底から化現する幻の役満・九蓮宝燈。別途感想を書いているのでそちらを参照してほしい(参考:一生に一度の月感想)。
「王牌は切らないでください」アメジスト机 (2022)令和傑作選には現代の雀荘が舞台となる短編が収録されていなかった。そんな短編は実際のところ出版されてさえいない。そのように書いたのだが、実は嘘だ。その条件を完璧に満たす短編が18本も存在している。それが近代麻雀noteで一時期執筆されていたアメジスト机の作品群だ。アメジスト机氏の素性は知れず、覆面プロ作家なのか、アマチュア作家なのか、はたまたプロ雀士なのかは全くわからない。ただ一つ明らかなのは長らく雀荘で働いていたということだろう。そうでなければこの生き生きとした筆致は説明がつかない。どの短編を選出するかは悩ましかったのだが、混沌とした現代の雀荘の多様性を表現しながら、温もりのあるラストシーンがアメジスト机作品らしいということでこの一編を選出した。本当はもう少し長めの短編を書き下ろしてもらいたい。新作が読みたい。短編集を買いたい……。はっきり言って令和傑作選に一番足りなかったのはこの作家にオファーをかける気概、この一点だと思う者である。
「A1を出たけれど(仮題)」須田良規 (2026)競技麻雀の短編をぜひとも一編加えたい。「清められた卓」を選出する、「渚のリーチ」の黒沢咲に短編を書き下ろしてもらう、といった手もあるのだが、どうせ書き下ろしてもらうなら一番文章が好きな麻雀プロに書いてもらうことにしよう(妄想だから)。ということで「東大を出たけれど」などの著作がある須田良規を。競技、雀荘、Mリーグの全ての架け橋となる短編を一つ頼む、大将。
「シャングリラ」張系国 (2007)中国から地球外生命体を探して旅立った探検隊一団は、オセロのような石状の生命体・黒石族が暮らす星に漂着する。黒石族は日中は黒い面を表にして日を浴び、夜になると蓄えたエネルギーを活用して立ち上がり、詩を編んで暮らすのだという。しかし、一団はちょっとした思いつきで、黒石星に麻雀セットを置いて飛び立ってしまう。二十年後、黒石族は麻雀に夢中になり、文化、社会構造、価値観までもが変貌してしまった……。不思議なファーストコンタクト問題を描く一作。興味深いのは、この作者が中国生まれ台湾育ち、現在はアメリカの大学で教鞭を取っているということだ。麻雀の傾国のゲームとしてのイメージは普遍的に存在するものなのだろうか。今年はABEMAプレミアムCMでも内川選手や黒沢選手が麻雀の世界的な盛り上がりに言及している。ワールドワイド麻雀ということでこの一編を収録したい。ところで、この短編は米澤穂信が編者を務める翻訳小説アンソロジー「世界堂書店」にも収録されている。米澤穂信と言えば、Mリーグファンにも替え歌麻雀ツイートが回ってくるほどの麻雀好き。きっとよねぽは麻雀小説が書きたくて書きたくてしょうがないのだ。短編集のタイトル「満願」からもその願望がはみ出てしまっている。早く出版社は麻雀小説を依頼したほうがいい。ということで、よねぽにも一編書き下ろしてもらおう。
「シュウシャインの周坊」阿佐田哲也 (1973)令和傑作選では選出されていない阿佐田哲也作品だが、オールタイムベストとしては外せないだろう。Mリーガーの経歴がオンレート麻雀での修練の上にあるように、麻雀小説の歴史は当然のように阿佐田哲也の上にあるのだから。阿佐田哲也の短編は、数少ない麻雀小説の先行研究である「阿佐田哲也はこう読め!」の著者である北上次郎に選出してもらいたい。ということで、北上次郎がベストと推す「シュウシャインの周坊」を。博打に明け暮れ孤独だった「私」は、ふと思い立って靴磨き(シューシャイン)の子供・周坊をお引きに選び、面倒を見始める。しかし元来孤独だった男達がそう簡単に上手くやっていけるはずもなく……。切ないラストは傑作選のラストにも相応しい。ところでこの短編、尋常じゃなくBLなのですが。どうなんですか、北川さん。
いかがだろうか。麻雀に出会ってからハマっていくまでの過程に準えて並べてみた。書き下ろしが3編もあるという傑作選という名にあるまじき符陣になってしまったが許してほしい。前述のように、近年の麻雀シーンに沿った麻雀小説など数多くは存在しないのである。そうは言っても20年振りの麻雀小説傑作選が出版に至ったのは喜ばしいことだ。麻雀小説は売れるという経済的判断が成されたのだから。次の傑作選登場は20年後を待たなくてはいけないのだろうか? 今後の麻雀小説の動向に注目なのである。